理念なき時代を憂いて
腐敗は繁栄より生じ国は滅する。再生の理念は生まれるか
今、日本は深く病んでいる。ある人は亡国の姿をそこに見るという。見通しの立たない経済、深刻化する治安の悪化、戦略なき場当たり的な外交、無責任にして腐敗の極致をいく官僚、唯々政治屋稼業にしがみつくことに専念する政治家、経済人としての道徳と秩序を無くした経済界、体制を維持することのみ専念する教育界、国民をより腐敗させ本来の姿とその使命を見失ったマスコミ界。しかし何よりも亡国の感を深くするのは、怒りを忘れ、礼と儀を失い、正義感を喪失させ、理念理想を持たぬ国民の存在である。
政治も経済も教育も国民という土壌の上に生まれる。今の日本は、生きとし生けるものを育てる土壌、すなわち国民そのものが腐敗している。そこに不安の種がある。だが民はそれに気がついていない。国民は政治が悪いというが、そのような政治家を選んだ己の責任を忘れている。日本はあらゆる階層において混迷を深めているが、その中でも国民がこのような状況をまったく認識していない点に危機の本当の根がある。
昨年、戦後50年を記念する式典が各地で盛大に開催された。戦後一貫してパックス・アメリカーナの中で揺り籠の赤子のように生き、その日、その日の便利屋稼業を生業として生きて来た日本人の見せた式典は、50年前の戦争を謝罪することで己の美意識を満足させることに終始することであった。戦後50年を検証することはなかったと言ってよい。
50年目の今が最高の状況にあるならいざ知らず、20世紀末の日本は最悪である。政治不信は極致を極め、治安はこれまでになく不穏、風俗は国民的レベルで乱れ、その影響は低年齢層まで及び罪悪感すらない。阪神・淡路大震災とそれに対した政府の能力、そしてあの忌まわしいオウム事件の発生。戦後教育の象徴ともいえるイジメ事件の多発。加えて日本への不信感を世界に示した品性なき金融界の実態と責任なき官僚の姿。これが50年目の姿であった。
今の日本は50年前の歴史を語るより、現状を直視し、その根源を探る意味で50年間の日本の歩みを検討しそこから学ぶのが正論であろう。そこに現状を解決する鍵がある。すくなくとも政治家はそう感じなくてはならない。過去の歴史は歴史家の責任、未来の歴史は政治家の責任である。政治家を自負している者であるならば、今の日本の現状をみて気負い立たない者はないであろう。それが戦後50年を機に表現されると思っていたが、残念にもそのような動きは皆無であった。
歴史は危機感の誕生について教えている。文化が爛熟しその頂点を極めると、あたかも柿が熟すると木から落ちるが如く零落する。道徳の荒廃は文化の進歩という姿で眼前にその姿を現す。よって多くの人間には感じることができない。無責任主義が個人主義と自由という衣をまとい、世を濶歩する。そうなると繁栄をもたらしたエネルギー源である民族秩序が破壊され、善悪の尺度が失われ、民は暴走する。「情は人の為ならず」の言葉に示されるように相互扶助の精神は、日本人にとってごく自然なことであり、人知れずして行われていたが、文化が腐敗するとこれすらも敢えて意識的に取り扱われる。「ボランティア」ブームが巻き起こるのもその一例である。
国家、民族の滅亡はこのような内部腐敗から始まるのであるが、豊かなときにはその危機を感じることはない。たとえ感じたとしても、繁栄をもたらした体制を改革する勇気は生まれない。豊かにいて無秩序の中に身を置いた世界は、硬直した体制ゆえ新たな改革もできず、また体制内の人間は無責任を装う。上がこれでは下も同じ。天下は乱れ、国は貧しくなり国内は不穏となる。繁栄を味わった者はそれに耐えられない。かくして不安は社会問題になる。だが己の地位に固執する指導者にはこの段階になっても危機感は生まれない。彼らが気がつくのは外圧が生じてからだが、体制の硬直はそれに対応する策すらも生み出さない。
貧困と外圧。これが民族に自覚を促す環境を作り上げることは、蒙古襲来の日本、黒船襲来時の日本を回顧すれば理解できる。今の日本は繁栄から腐敗の時に入っている。しかし異なるところは国を救う教育がなされていないことだ。まだ豊かであるから大衆が危機感を感じていないこともある。そして外圧も襲来というような形を見せていない。よって危機は目に見えず、それゆえ厄介である。だが事態の深刻はこればかりではない。鎌倉のときにも、幕末のときにも思想家が現れ国を再生した。しかし今の日本に再生の理念を生む思想家は不在だ。それゆえ国を救う理念、哲学、思想が生まれる可能性は薄い。教育の基本がそこに置かれていない以上、思想を生み出す土壌たる国民は育たない。ここに今、民族の危機がある。
このような意識に立ち、我々は「扶桑塾」と命名する明日の日本を考える会を発足し、日本のため、アジアのため、世界のために心を広めようとするものである。
平成 8年 1月
扶桑塾 代表 渥美堅持

